お菓子の心〜9〜


一九九五年、元ビートルズのドラマー、リンゴ・スターが、日本公演初日を盛岡ですることになりました。彼はベジタリアンとしても有名で、主催者にとっては大変神経を使う存在だったことと思います。
現に、スタンドタイプの大型トランクを開くと、まるで食器棚のように、調味料やドリンクなどがフルセットになっているほどです。しかしデザートは、どうしても現地調達らしく、最終的には私たちが担当する結果となりました。
忠実にイギリススタイルのキャロットケーキを作るべきか、オリジナルでいくか、随分と迷いました。私にしてもそうですが、ヨーロッパで味わったケーキを、この日本で同じように食したいと探し歩いても、決して巡り合えないのです。
「この地だったからこそ・・・」、そんな印象を是非持ってもらいたい気持ちから、意外性の高い作品を三台提供しました。当然、取り巻きの人たちの分を含めたつもりでしたが、彼は一切れとしてほかの人には与えず、控室に持ち込み、次の会場まで独り占めしたそうです。この話を聞き、私は大満足でした。
本当に価値のある品は、フランスのお菓子を再現することや、ウィーン菓子、スイス菓子を消費者に伝えるだけではありません。その地に生活し、地元の素材を生かして作り、育てなくてはならないと痛感しました。
私の友人であり、パン業界の中でも屈指の技能者として全国から注目を浴びているオーナーシェフが、ここ盛岡にいます。五年ほど前に是非にと勧め、本物を作れるパン屋さんです。ドイツパン、イギリスパン、フランスパン、すべて本場仕込みで、申し分ない出来栄えです。
それでも、地元の食材を取り入れ、時間も手間も十分過ぎるほどかけています。ゼロからのスタートでした。私も負けず、いつでもゼロに戻れる男気と気迫を持って、共に食の文化を伝えていければと考えています。