お菓子の心〜8〜


どのような職業でも、その仕事に携わっていたからこそ、出会えたという人がいると思います。私も、ケーキが作れるというだけで、尊敬するアーティストやミュージシャンと、言葉を交わせる機会が多々あります。
その一人に、今月二十八日にチェコ・ナショナル交響楽団とともに公演する、ピアニストフジ子・ヘミングさんがおられます。今や時の人として有名で、あらためてご紹介しなくてもご存知のことと思います。
昨年五月、盛岡での演奏会に家族揃って出掛けました。事前にフジ子さんには、ぜひ食べていただければ・・・と、ピアノ型のチョコレートケーキを差し入れしていました。
その演奏は、いまだかつて聞いたことのないほど、美しく心にしみる音色でした。これまでも群を抜いたテクニックに驚き、感嘆させられたり、力強いダイナミックな演奏に勇気付けられたりした数々のコンサートはあります。けれども不二子さんの演奏は、無意識のうちに涙が流れるほど、生きている喜びを伝えてくれました。
会場も、感動の雰囲気に包まれていました。さらにアンコールを七曲も弾き続け、大幅にタイムオーバーし、そしてフジ子さんは新幹線に乗り遅れてしまったのです。おかげで「一緒にケーキを食べましょう」と声を掛けていただき、思いがけず、お話しできました。
フジ子さんは「とてもおいしい」と召し上がられ、少し残った分を明日に取っておくと、大切にバッグに入れました。
私の作ったケーキには、たっぷりとコニャックがうたれ、お酒の大好きなフジ子さんには気に入っていただけたはずです。でも一滴も飲まない私は、自分の作ったケーキに初めて酔ってしまいました。
音楽家にとって、命ともいえる聴力を失う恐怖に陥っても、弾き続けたフジ子さん。不可能を可能に変えるパワーの源が、生き抜こうと踏み出す一歩であることを教えられました。職人としてさらなる努力を積まなけられ鳩、素直に認めさせられた出会いでした。