お菓子の心〜2〜


恵まれた環境で修行を続けてきたのですが、28歳のとき、自立を確かめたく、両親に何も告げず、夜行列車に飛び乗りました。ゆっくりと走り出す車窓に家が見え、病気がちの祖父にはもう会えないかもしれないと思うと、涙が止まりません。
同じ菓子作りに励む友人の家に居候し、専門店やホテルを中心に駆け回りました。ところが有名店であればあるほど、おいしさは感じられないのです。なぜなのかと思い悩みながら、一流ホテルの面接を受けに行きました。事前にケーキを食していた私は開口一番、「どのケーキを食べてもおいしさを感じません。どうしてですか?」と発してしまいました。無礼なやつとつまみ出されてもおかしくありません。ところが「そういう根性のある人を待っていた」と、シェフは私の条件を受け入れてくれました。しかし、シェフが席を離れると、そばにいた若いスタッフの緊張感が切れたのでしょう。道具を乱暴に扱うなど、態度が一変したのです。がっかりした私は履歴書を持ち帰ってしまいました。
最高の条件を飲んでくれたホテルを蹴って、無力感と失望感に包まれていたとき、以前、本で読んだ「お菓子は心の食べ物です」という一節が浮かびました。お菓子の研究家、食文化評論家今田美奈子さんの言葉です。これだと思い、面接にこぎ着けました。「ザッハ」「リンツァートルテ」「プティフルシートを用いたデコレーションケーキ」の3点でテストされました。やっとケーキが作れる、実力で評価を受けるという緊張感で、ベストを尽くしました。結果は合格で、その日から三越日本橋店のショップとティールームを任せられました。ここでは、あらゆる状況の中でブランドを守る大変さを身をもって体験し、多くを学びました。