今から25年ほど前、洋菓子業界が大きく変わり始めたころ、私はこの業界に足を踏み入れました。
和洋菓子店を営む家に生まれ育ち、抵抗はないものの、それまで音楽の道を歩み、楽器を奏でることしかできない者に、菓子作りができるのだろうかと、不安がよぎりました。それでも指導を受け、お菓子漬けの毎日に興味も深まり、本物を作りたいとの思いが高まります。そんなとき、神戸で、あめ細工を得意とするフランス人ミッシェル・フサール氏の講習を受けました。その日はあいにくの雨模様でした。講習も終盤に近づいて、彼は黙々とあめ細工に取り組み始めました。しかし、流しあめ、吹きあめと、作業を進めていく間に、湿度に左右され、作品には次々に水滴がついていきます。当然、組み立てる段階では、崩れ落ちてしまいました。それでも彼は最後まで手を休めず、挑む姿を、私たちに教えてくれました。会場は感動の涙と拍手でいっぱいでした。修行を続けながら、生意気にも歌詞の持つ魅力とはなんだろうと考えました。そして完成された製品や作品を見るより、一流の作り手がどんな思いを、どのように伝える努力をしているか、そのプロセスに触れたいという願いが募りました。
このチャンスは思いがけず早く舞い込み、釜石の家を手伝いながら、上京し有名店の研修スタッフとして、月2週間ほど、パンと洋菓子作りに励みました。このとき「焦らずに。十年やってる人も今日やる人も心を込めるかどうかで味は決まる」と言ってくれた人がいます。真の厳しさは人に与えられるのではなく、自分で培っていくことを知りました。小手先ばかりを追ってはいけないと確信した出会いでした。