お菓子の心〜5〜


いよいよ自分の菓子の工房を一九八八年六月、盛岡市にオープンさせようと、完成度の高い品ぞろえを意識して、全てのアイテムの試作に取りかかりました。
コーヒー一杯で食べきれるサイズと味のバランスなどをチェックし、店のカラーや内装、店名の決定までが、長くかかりました。
幸いにして妻は、長くデザイナーとして従事していましたので、全てを任せ、私はスタッフと制作工程などの打ち合わせに集中できました。初代のチーフは、東京で五年間、料理研究家森山サチコさんの経営するフュッセンという店の重要なポジションにいた一人でした。
私は、フランス菓子をベースに、彼はドイツ菓子でした。ヨーロッパの味をこの一店で食せるような内容です。絶対の自信を持って、全てに対応できる確信は、小さなお店にとって、理想的な活力源だったと思います。
店のカラーはフランスの伝統色の中からグリーンを選び、黄色のリボンを用いることにしました。さらに、妻と私は、一個でも買えるお店にしようと決めていたため、一個を入れる箱を作りました。これは大変なリスクでしたが、今日あるのは、一個のケーキを買ってくださったお客様がいたからです。
店名にも悩みました。菓子作り講師をしていたとき、商社の仕事などで、妻とヨーロッパ各地を歩きました。そのとき、友人の家に招かれ、数日間、ブリュッセルの街を案内してくれた友人の姉、アンマリーさんの笑顔が忘れられません。
彼女のように、みんなに愛され、目立たず心に残る、人格を持った店となれるように願い、決定しました。余談ですが、アンマリーではあんまりなので、アンナ・マリーと呼び名を変えて、スタートしました。現実は厳しい毎日の始まりです。