お菓子の心〜6〜


店を持ち、三年を迎えようとした年です。充実した内容と実績を伴ったパワーあふれる店となりつつあるころ、私は吐血し、入院となりました。
病名が分からぬまま、検査を重ね、食道にがんが見つかり、すぐに手術でした。妻はもちろん、両親や兄に大変な苦労をかけてしまいました。
夜を徹し、一人でも多くの人に喜んでいただけるケーキを作りたい、またこの業界に私を超える若い技能者を送り続けたい、と心に念じ、一日たりとも怠ることなく努力してきた者に「神も仏もないのでは・・・」と正直思いました。
でも病に伏して、初めて気づくことがたくさんありました。思い通りに動き回れる職人環境では、たとえどんなに自分に厳しくと努めても、無償の愛情を常に受けていたことにさえ、気付けなかったでしょう。
同室の人たちやその家族が、苦痛を抱きながらも、互いに労わり、励まし合う大切さが心に染みました。それまでの忙しい毎日の中では、知らないでしまうことでした。
以前の私には、病に苦しむ人を見舞うことすら気乗りせず、避けるような思いもありました。
病気になったおかげで、本当に何が大切で、何のために生きるのか、常に問える私になれたのです。不平等なことなど決してありません。ましてや、こうして今も生かされているのですから・・・
あの時、出会った人たちは、私の財産です。入院中、妻と若いスタッフは、歯を食いしばり、頑張ってくれました。皮肉なことに、この年がベストの業績を残したのです。どういうことでしょうか?
お客さまにも、ご心配いただき『じっくり治されるまで、気長にお待ちしていますヨ』と声を掛けていただきました。お客さまに待ってもらえるような店にまでなれたのは、苦しいなか、一丸となって取り組み、日々怠ることなく、努力してきた成果と、心から喜びました。妻とともに再スタートを決意しました。