東日本大震災の翌日、陳列ケースが倒れた店内に高齢の男性が訪れた。「1日遅れだが孫の誕生日を祝ってやりたい。ケーキを作ってほしい」。停電で冷蔵庫は使えず生クリームが作れないと断ったが、男性は何度も頭を下げた。男の子の両親は津波で亡くなっていた。バタークリームを使い、アンパンマンの顔をかたどったケーキを作った。
道徳の授業では、なぜケーキを作ったのかに関心が集まる。母親は家族向けの大きいケーキを注文していた。「今祝ってあげられるのは、おじいさんだけ。自分の仕事で行かせるものがあるなら」。そんな思いが動かされたと振り返る。
一人だけにケーキを作るのは不公平では。目の前の人に手を差し伸べて、後ろにいる人を救えないとしたらー。子供たちからは素朴な疑問を投げ掛けられた。
「自分ができなかったとしても、次にやる人がまた現れるよ」。亀山さんは優しく答えた。
震災前にあった2店のうち、港近くの店を失った。経営は楽ではないが、昨年6月、病気の妻と暮らし非正規の仕事をしていた40代の男性を「手に職を付けた方がいい」と正社員に採用した。昨日までできなかったことが今日はできるようになる。男性が成長する姿を見るのが楽しみになっている。
地元釜石の小学校では「夢」がテーマだった。
お客さんが求めるものと自分が思い描く味の「波長」を合わせ、最高の状態でお菓子を提供するのが亀山さんの夢。
「おじいさんもいまだに夢をかなえていない。けれど10個願いを持っていて9個かなわなくても、一つはつかめると思う」
挫折や理不尽さを経験したからこそ見えるものがある。被災地で育った子供たちには、何が大切か分かる大人になってほしいと願っている。